鑑賞の手引き(1)を読んで、もしもう少し知りたいと思ったら(2)を読んでみてください。読んだ後でもっと知りたいこととか、実際に刀を見て疑問に思ったことなどありましたらお知らせください。私どもにわかることならお答えしますし、わからないことは一緒に勉強していきたいと思います。
では、少しずつ詳しい解説をしていきます。
鑑賞の手引き(2)
姿
「踏ん張り」
踏ん張りとは、人がしっかり立っているときに必要な下半身の力ですが、刀の場合もこれと同じです。刀の元の部分が、幅・厚み共に広く・厚くなっている状態、これが踏ん張りで、姿を見る時のとても大事なポイントです。これは手に取って見ないとなかなか実感できないのですが、手元がグッと力強く見える感じを「踏ん張る」と表現します。逆に手元が何となく弱々しく感じる姿を「踏ん張りが抜ける」とか「踏ん張りがない」とか表現します。刀が生まれたままの状態では踏ん張っているのが当たり前の姿です。鎌倉時代の太刀などは力強く踏ん張るのが特徴です。
鎌倉時代の太刀の平均的刃の長さは80cm前後ですが、太刀ですとかなり長くても腰から下げられますし、抜くこともできます。(太刀は水平か、やや切先が下がった程度に佩きます。)ところが打ち刀ですと鞘が帯に固定されているため、あまり長いと、「落し指し」にしたときに切先が地面についてしまいそうですし、抜き打ちにも不便です。室町時代の打ち刀の平均的刃の長さは60cm~70cmくらいでしょうか。
◎ちょっと寄り道
「落し指し」(おとしざし)と「閂指し」(かんぬきざし)
打ち刀を縦に指すことを落し指しと言います。ちょっとくだけて、ちょっと粋にと言った感じ。
打ち刀を水平に指すのが閂指し。実戦用の指し方ですが、日常生活でそんな指し方をしている侍は武骨な頑固者?
「抜き打ち」
刀を抜くのと一連の動作でいきなり相手を斬る事。おじさんが子供の頃は学校で「抜き打ちテスト」がはやりましたが、今は死語でしょうか?
そこで室町時代になって太刀が廃れてくると、鎌倉時代や南北朝時代の太刀を短くして、打ち刀に直すことが盛んにおこなわれます。刀の柄に入る部分を茎(なかご)というのですが、長すぎる太刀の茎を切り詰めて新たに茎の形を作り直し、刃の長さを短くします。10cm程度短くされると踏ん張りが抜けてきます。つまり、例えば60cm程度の打ち刀を見たときに、「踏ん張り」を見極めることが、打ち刀として作られたものか、または長い太刀を短く詰めたものかを見極める大事なポイントになってくるのです。
写真はできたままの姿の太刀と、太刀を短く詰めて打ち刀に直したものです。上から
太刀:現代(鎌倉時代の太刀の形を真似たもの)
刀:南北朝時代、石見国(島根県)貞綱。
貞綱の茎:15cmくらいは詰められているでしょうか。
写真で踏ん張りを知ることは難しいので、実際の刀を見る機会をとらえて、実感してみてください。刀を垂直に立てて見るとわかりやすいと思います。(この人に注目)
地鉄
「造り込み」(鋼の組み合わせ方)
造り込みとはいろいろな意味で使われる言葉ですが、ここでは異なった数種類の鋼を組み合わせて一振りの刀を作る、その組み合わせ方の意味で使います。日本刀はその各部分の目的に応じて数種類の異なった鋼を組み合わせて作られていることが多いです。簡単に言えば刃先は硬い鋼が適しており、胴体部分は丈夫な鋼が適しています。もちろん焼き入れで刃先部分のみを硬くするのですが、素材の鋼も工夫して組み合わされているのです。
鋼が硬ければ焼き入れによって硬い刃ができますが、硬いだけでは脆くなりやすいです。柔らかめの鋼は焼き入れによっても極端には硬くならず、柔軟で折れにくくなりますが切れ味は劣ります。どんな硬さの鋼を使うか、どんな組み合わせ方で作るかは流派によって違いますが、同じ流派の刀鍛冶は皆同じ組み合わせ方をするようです。
代表的ないくつかを紹介します。
サンドウィッチ方式:断面で見ると、真ん中の硬い鋼を両側からやや柔らかい鋼で挟んだ三層構造になっている「三枚」。真ん中の鋼をさらに刃と棟に分けた「本三枚」などがあります。南北朝時代の長谷部派や、室町時代の月山派がこの方式です。
柏餅方式:棟以外の外側全部を硬い鋼でくるみ、中はやや柔らかい鋼にしてあります。「甲伏せ」とか「まくり」といった方法があります。鎌倉時代の備前国(岡山県)や相模国(神奈川県)の刀によく見られます。
すし方式:握りずしのように、シャリの上にネタを載せています。つまりシャリが胴体部分のやや柔らかい鋼、ネタ部分が硬く刃になる鋼です。鎌倉時代の大和国(奈良県)の刀などにみられます。
無垢(むく):全体を一種類の鋼で作ることをこう言います。折れやすいなどと言う人もいますが、刃文を含めて刀全体の硬さが問題なので、無垢だからと言って折れやすいことはありません。
刀の表面を見ても内部構造まではわかりませんが、おおよそその造り込みを推定できる事もあります。そのためには、棟や鎬地(しのぎじ、棟に近い平らな部分)の観察が不可欠ですが、お化粧研ぎの場合この部分を鏡面仕上げにしてあるので困難です。柏餅方式の刀などには、何度も研がれて表面の鋼が減って、内部の鋼が現れたものがあります。刀の表面に粗雑な鉄が現れているのを見て「アンコが出た」などと言う人もいますが、実際には各部の鋼の違いを識別することは簡単ではありません。それでも刀の構造を知ることはとても興味深いです。
写真は実例です。上から
サンドウィッチ方式:室町時代、月山派。芯の鉄はきれいですが、両側の鉄は肌がやや粗く見えます。
柏餅方式:現代。刃先から鎬(しのぎ)まで同じように詰んだ鉄です。
すし方式:南北朝時代、大和国(奈良県)。刃先から1cmくらいは詰んだ鉄にみえ、それ以外の部分はやや粗い鉄に見えます。実際に手に取って見ると、色も刃先の鉄は青く、胴体部分はややグレーがかって見えます。
なお下の2振りは、鎬地を鏡面仕上げにしてあります。
刃文
「ニエとニオイ」
刃文を形作っている白く輝いた線または帯の部分は、鋼の硬い結晶とやや柔らかい結晶が混在しています。そのため手に取って見ると輝く粒の集まりに見える事があります。この粒状に見える状態をニエと呼びます。大きい粒に見えるものを「荒ニエ(あらにえ)」、細かい粒に見えるものを「小ニエ(こにえ)」などと言います。さらに細かくなって、目では粒状には見えず、白い線または帯に見えるものを「ニオイ」と言います。粒のサイズによって厳密に区別されているものではなく、飽くまでも感覚的な問題です。手に取って見ないとなかなか難しいですが、同じ刃文に見えても、流派によってこのニエ(またはニオイ)の状態が違ってきます。漢字では「沸(にえ)」や「匂(におい)」の字を当てることが多いです。
写真は沸・匂の例です。上から
「匂」:江戸時代、越中守藤原包國、大和国(奈良県)
「沸」:江戸時代、肥後守吉次、薩摩国(鹿児島県)
「荒沸」:江戸時代、会津住三善長道、陸奥国(福島県)
「映り」
映り(うつり)とは、刃文と同じように焼き入れによって刀の表面に現れる鋼の変化です。刃文の影のように現れることが多いです。刃文に比べると微妙で、良い研ぎでないと見えません。とても幽玄な景色で、光線の取り方によって見え方も違ってきます。良い光線を探してこの映りを観察することは、刀を鑑賞する上での大きな楽しみの一つです。映りが現れるのは良い鋼と適切な焼き入れの結果ともいえます。
鎌倉時代の刀など古い時代のものに多く、江戸時代になると現れているものは少なくなります。映りを観察できるようになれば、あなたはもう立派な愛刀家です。「大天狗」「小天狗」の仲間入りだってできます。
写真は映りの例です。
上:現代
下:室町時代、無銘、美濃国
どうですか、あなたも一振り自分の愛刀を持ってみたくなりましたか?でも焦らなくて大丈夫。刀剣会に参加すれば、刀を手に取って鑑賞できます。自身の愛刀を探すのはそれから、自分の好みがわかってきてからでOKです。(人気のある刀は高額ですが、人気=名刀ではありません。念のため。)
鑑賞の手引き(3)に続く